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初めて会った夜 2

last update Last Updated: 2025-06-26 09:26:14

…………………え? 嘘でしょ?

……あれ? この人って、男?

お、男?

男?は、凄い勢いで飛ばされ、机の向こう側にひっくり返った。

な、なにこれ? ふわっとして柔らかい……。

自分の両手を見つめる。驚くほど柔らかい感触が、私の両手に残った。この前、初めて食べた桃という果物そっくり。ふんわりとしてるけど、見た目よりずっしり重くて甘い果物。

お、おと…………お、おん……な?

間違いなくこれは、女性の胸にしかないもの。しかもとても大きかった。

 女!?

頭の中が混乱を極め、私は固まっていた。今の柔らかい胸の感触って……絶対男ではない! しかも私よりずっと大きい。

机の向こう側から、グググと唸り声が聞こえる。怪我をさせた?

そんなの自業自得よ。こっちもそうじゃないと太刀打ちできないし。

ていうか、今逃げるチャンスだったわ。頭が混乱して逃げるのを思いつかないなんて。

よろめきながら立ち上がった女? は、獣のように荒い呼吸を繰り返し、半分ずれたニット帽を床に叩きつけた。

「きっ、きさまー!」

ニット帽の下からバサっと漆黒の艶のある長い髪が現れた。

髪、長かったの?! すごいサラサラ!

その髪を振り乱して激怒し、重厚な机をひっくり返した。たくさんの積まれた書類、ペンやインク、ペーパーナイフなどが床に飛び散る。

ひええぇぇ。

夜更けとは思えない音が響き渡る。私は頭を抱えうずくまってしまった。この男、ではなく、狂ったような女に殴られるか刺されるか、もうだめ!

「お、お前……」

女はゆっくり息を吐いた。乱れた髪で私の方へふらふらと歩いてくる。

「あたしの気が済むまで、お前はあたしの召使いだ!」

「はい?…………召使い?」

いい加減にしてぇぇーーと、生まれて初めて怒鳴ったと思ったら、その数分後に彼女の部屋の隅々を綺麗に掃除を命じられている。

人生なにがどうなるかわからない。

違法ドラッグを作っている現場を見てしまったー

と思ったのは、全て勘違いだった。

彼女は、真夜中に東洋の料理を作っていたのだった。巻き物と言うらしい。

香辛料、刻まれた野菜、海藻を乾かして作った紙のような食材。

なんて紛らわしいことを!

ベタベタのまな板は、発酵した豆を叩いて刻んでいただけだった。これはかなり臭い。粘り気があり糸のように絡まり、洗うのは困難だった。これが臭いの元。しっかり洗わないと。

「おい今、何時だ?」

彼女は髪を縛っていて、随分さっぱりしていた。声のトーンも全然違う。とりあえず巻物をたくさん食べて満足したみたい。さっきはお腹が空いててかなりイライラしていたのもあったようだ。でもやはり顔色は悪いけど。

壁の時計を見た。夜の11時45分。

「おい! 帰ってくれ。今すぐだ」

急に女は慌てて出した。

「クソっ、こんな時間だったのか」

「いや、でもなんか中途半端で掃除を止めるのって一番嫌なんです。もう少しやります。私は大丈夫ですから」

「誰もお前の心配なんかしてねぇ! 一人にしてくれ、頭が痛くなってきた」

この人、なにかの病気?

 うん、どうみても病気っぽいわね。

「お薬ありますか? 見当たらなければ私の部屋から持ってきましょうか?」

私は首根っこをつかまれ、玄関の外に放り出された。

「出ていけ!」

ひええぇぇ。

私は外の廊下に座り込み、呆然とする。

これが私とアレックスの最悪な出会いー。

女のくせに、男のような振る舞いをしている彼女。

名前はアレクサンドラ。

そして私は、お嬢ちゃんなどと呼ばれる身分では決してない。孤児院育ちのレベッカ。

孤児院ではベッキーと言われていた。一人ぼっちのベッキーと。

レベッカとは誰も読んでくれなかったわ。大好きな名前なのに。ありふれたニックネームで呼ばれてしまう。

「レベッカ、掃除、洗濯……他にもよろしくな。あたしの召使い」

いや、召使いって、酷すぎる。

でもレベッカって呼んでくれるのは嬉しいかも。アレックスは女と正体がばれたら、自分のことを「あたし」と言った。

「返事は?」

「……わかりました。アレクサンドラ」

アレックスはどんと机を叩いて、睨んできた。

「かしこまりました。アレックス」

彼女はアレクサンドラという名前は嫌いだと言う。自分には似合わないと。

「はっきりって気持ちが悪い」

「そんなことないわ。アレクサンドラ。綺麗でかっこいい名前よ。略してアレックスか……男の子の名前で呼ぶなんて、もったいないなぁ。お城のお姫様みたいなのに」

「だから嫌なんだろ」

どうしたって、彼女と初めて会ったあの夜の事は忘れることはできない。常に頭の中にある。

あまりにも強烈で汚くて、それでいてとても滑稽だった。今では愛おしい気分すらする。

生きることにあまりにも不器用で、必死で野生的な彼女。

彼女の生き方そのものの出会いだった。

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